『月への梯子』樋口有介

月への梯子
月への梯子
樋口 有介 2005年 文藝春秋 P.253
★★★★★
「でもカラスなんか、汚くてゴミを荒らすし、みんなが嫌うよ。カラスがカワセミぐらいきれいなら、カラスも人間も、幸せになれるのに」
「カラスにはカラスの宿命があるんだ。人間のすべてが幸せでないのと同じように、鳥のすべてが幸せとは限らない。幸せも不幸せも、みんながそれぞれ、分担して生きてるわけだよ」
「不幸せのほうを分担した鳥は、可哀そうだね」
「可哀そうだなあ」
「不幸せのほうを分担した人間も、可哀そうだね」
開いている店がまばらな下町の小さな商店街の側にある、築二十年、家賃が4万そこそこの古アパート「幸福荘」。
両親の遺してくれた、このアパートの家賃と、この辺りの土地の貸地料で生活している大家の「ボクさん」は、ときどき自分が何をしようとしていたのか、わからなくなる。
時間をかければ何でも思い出せるし、難しいことも理解できるのだが、幾分人よりは動作の鈍い、魯鈍な「ボクさん」。

アパートの水道、風呂、壁や屋根の修繕など、メンテナンスに関する限りプロ並みの技術を持ち、ゴミの分別や植木の手入れにと、忙しく働く「ボクさん」に、近所の人達も、アパートの住人達も、みんなとても好意的で、優しい。

親切な人たちに囲まれて、「ボクはなんて運がいい」と、「ボクさん」は、日々幸せをかみしめている。

そんな「ボクさん」が、外壁の塗り替え作業のために梯子に昇り、そこで見たアパートの一室の光景に驚いて、梯子から落ち、病院に運ばれた。

病院で目覚めた「ボクさん」は、以前より意識がすっきりしていると感じ、話し方も、外見も、まるで人が変わってしまったかのようで…。

意識の戻った「ボクさん」につきつけられた現実は、アパートで事件が起こり、その後、アパートに住んでいた全員が行方をくらましてしまったということ。
家賃をもらえなければ、生活できなくなってしまう…と、「ボクさん」は、行方不明になったアパートの住人探しを始めるのだが…。

『「知る」ことで、あなたは不幸になった。
真実を知ることは哀しみの始まり。なのになぜ、ひとは身を切られる痛みの中で、それを求めずにいられないのか。待望の書き下ろし長篇ミステリー』だ、そう。


「アルジャーノン」なのか、「ビリー・ミリガン」なのか…どっちにしてもダニエル・キイスか。
途中までは、そう思いながら読んでしまったけど…。

頭を打ってからの「ボクさん」の以外な行動にはちょっと引いてしまった。
あれは、相手を思ってのことだったのか、それとも自分自身のためなのかが、私には分からなかった。
知らなくても良かったことを知ってしまうと、人はずるくなってしまうのか…。

事件後、姿を消してしまった、刑事さんの言うところの「悪の巣窟だった」という、アパートの住人たちの「隠したいこと」は、なかなか面白い。

人が変わっていく様子を見るのは、とても好きなので、「ボクさん」の変貌も面白かったけど、最後がなぁ…。

映画『レナードの朝』のロバート・デ・ニーロと「ボクさん」がちょっとだぶってしまった(あれは、パーキンソン病の話だったかな?)。

「ボクさん」が「運がいい」と思えるのは、ひとえに、そのように教えて、育ててくれた立派なお母さんのおかげで、「僕がみんなに親切にして、僕がいい人になれば……」と、私にもこれが実践できれば…ナンバーズも当たるかな。
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